愛と音の花束を
その時、廊下から若手男子チームの声が聞こえた。

「あれー、椎名さん、どこ行ったんだろ」
「トイレにはいなかった」

それを機に、椎名がそっと私の手を離した。

廊下からは、三神君の声も聞こえてきた。

「椎名さんならさっき電話しながら外に出ていきましたけど」

「あざーっす」

遠ざかる若者たちの気配。

椎名はヴァイオリンケースを肩にかけ、荷物を持った。

「くれぐれも、歯をくいしばって我慢することのないように。鼻呼吸で口ポカン、だよ。じゃあ、お大事に」

背中を向けた椎名に、慌てて声をかける。

「あの、ありがとう。明後日よろしく……お願いします」

椎名は向こうを向いたまま、ハハっと笑いながら手をひらひら振って、ドアを開けた。

そこに立っていた三神君にデコピンして、出口へと歩いていく。

「いったぃ……馬鹿ヂカラ……」

三神君は額を押さえながらうめいた。

……いつの間にか、歯の痛みが引いていた。




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