愛と音の花束を

夕方、帰りの電車の中、並んでつり革に掴まる。

たくましい腕。大きな手。長い指。
厚い胸板。長い脚。
それらが目に入るたびにドキドキしつつ、それを隠しながら、会話を交わす。

降りる駅が近づくごとに、胸がざわざわしてきた。

もう、一緒にいられる時間が終わる。

あー。この切なさは、本格的にあれかなぁ、と心の中で苦笑いをする。

認めれば、楽になれるのかもしれない。
今まで妙に苦手意識があったこととか、心が波立ったこととか、私を振り回していた感情をまとめて、ある名前をつけてラベリングすれば、すっきりするのだろう。

……だけど、その勇気は、まだ、ない。

このままの関係の方が楽だというのは、頭で分かってる。
この気持ちは、まだ、抑えようと思えば、抑えきれると思う。
その存在に触れたいと思ったり、触れてほしいと思ったり、私だけを見てほしいと思ったり、これから生まれてくるであろうそんな感情を摘み取っていけばいい。

……この男は、どう思っているのだろう。

今日のシチュエーションなど、見る人が見ればデートではないか。
一緒に出かけてくれたのだ、嫌われてはいない、と思う。
そのことに喜んでいる自分の心を戒め、隣の男をそれとなく見上げる。

……珍しく、難しい顔をしていた。

ああ、私の思い上がりも甚だしいか。

と、私の視線に気づいたのか、彼はこちらを見て、微笑みながら「ん?」と首を傾げた。

それだけで、心臓が飛び跳ねる。

もう、この感情のジェットコースター。

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