愛と音の花束を

4


翌朝、起きると、いつもより身体が軽い。
昨日の椎名の笑顔が頭に浮かぶ。
ぼんやりとした幸福感。

……あーあ。恋の初期症状。



夕方の歯医者の予約時間。
椎名に会えるのが嬉しいような、怖いような、微妙な気持ち。
ほんの少し念入りに化粧直しをしてしまった。

オシャレな建物の玄関で靴を脱ぐ。

……と、この間は気づかなかったけど、額に入れた小さな絵が飾られている。

気にして見てみれば、待合室の壁にも、トイレにも、あちこちに。

優しい色合いの風景画。
絵画はさっぱり分からないけれど、心が和むような、落ち着く絵だった。
昨日は美術館に慣れた様子だった。よく行くのかな。絵が好きなのかな。そういうの、似合う。


診察室に入って、彼の姿を見た時に感じたのは、……嬉しい、だった。

「先日はどうも」
と笑いかけられれば、

「いえ、こちらこそ」
と答えながら、ぼんやりと、また、幸せだなぁ、と思う。

いつもより、さすがに少し意識する。
診察されながら、すぐ傍にある存在を感じて、こうしていられるだけで幸せなんだから、このままでいいかなぁ、と、思う。

深入りすると、このぼんやりとした幸福感は、きっと失われてしまう。


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