愛と音の花束を


鉛を飲み込んだような気持ちの重さ。
不思議と涙は出てこない。

一瞬、妹さんという可能性に縋ろうとしたけれど、既婚者だから、兄妹で見学に来たとしても、やっぱり椎名が結婚するという結論に変わりはない。
そうして、いつから彼女がいたんだろう、と考える。
私をマッサージに誘った時には、もういたのか。だとしたら、知らないとはいえ、彼女に悪いことをしてしまった。奴は、友達の感覚、おかしいんじゃないのか。あんなの、誤解する。……こうして怒って、嫌いになれれば、いっそ、楽なのか。
いやそれは筋違いだ。嫉妬するほど好きだったなら、行動すべきだった。5年間恋愛から逃げてきた報いだ。バカすぎる。


っタっ!

激痛で我に返った。

右手の小指の付け根から、血が出ていた。
アジサイの茎を思いっきり刺してしまったのだ。

仕事中に考え事していて怪我するとか、仕事人、失格。ヴァイオリン弾きとしても失格だ。




歯医者の予約は電話でキャンセルした。
受付の女性に、次の予約は、と尋ねられたけれど、仕事が忙しいので調整してまたかけます、と伝えた。
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