愛と音の花束を


そうして、水曜日。
オケの練習日。
幸い、お相手はオケの人間ではない。それだけは非常にありがたい。

彼の姿は探さない。
音楽に集中して、余計なことは考えない。
幸い、早瀬先生は、余計なことは考えさせてくれないほど、こちらに音楽について考えることを要求してくる。



終了後。
指揮台から降りた早瀬先生が来た。
ドキっとする。
彼女のことだ、いつもと違うこと、見抜かれたのか。

彼女は眉をひそめながら、「右手、見せてくださる?」と言った。

あ、そっちか。

私は、素直に右手を出す。
彼女は、小指の付け根の絆創膏を見て、顔をしかめる。

「痛むのね。どうりで……」

小指の怪我は、ヴァイオリンの弓のコントロールに影響してくる。今日は誤魔化しながら弾いたけど、彼女にはバレていたらしい。

「すみません。仕事でちょっと……」

「骨とか筋肉とか腱には影響ないのね?」

「幸い、ただの切り傷です」

彼女は私の右手を両手で包み、「早く治りますように」と祈ってくれた。
それは心に染み入るような優しさで、やっぱり失恋のことまで、彼女には気づかれているのかもしれないと思った。
そして、こんなことを自然にしてくれるこの人は、きっと愛されて育ったんだろう。

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