愛と音の花束を
□
8月下旬の水曜日夜。
今日は、ホールリハーサル。
本番1ヶ月前というのは異例。
早いうちにホールでの響きを確かめ、課題を明確にした上で合宿にのぞみたいという早瀬先生と三神君の要望だった。
今日はホワイエがみんなの音出しの場所になる。
開始時間前、いつものように、軽く楽器を弾いた後みんなの様子を眺めていると、男性がひとり入ってきた。
設楽先生。
三神君のヴァイオリンの先生だ。
何度かこのオケでヴァイオリン指導をしていただいたことがあるので、私も顔を知っている。
先生といっても、まだ30代半ば。
超有名音大で講師をなさっている、本来ならば雲の上のお人だ。
ともあれ、挨拶しようと、設楽先生の元へ向かう。
「今日はよろしくお願いします」
私が声をかけると、
「久しぶり。またいい女っぷりが増した感じだね。彼氏でもできた?」
いつもこんな軽口をたたくくせに、ヴァイオリン弾かせると、とんでもない。ただ、その弾いている姿はあまり見られないのだけれど。
「できませんが……失恋は人生を深くする、というのは本当だと思います」
先生は笑って私の頭に手を当てた。
この人のパーソナルスペース設定はかなり小さいらしい。
人との距離が狭いのだ。物理的にも、心理的にも。
「じゃあ、口説いてもいい?」
この人は、ことあるごとにこんな冗談を言うので、かわす術は覚えた。
「先生と付き合ったら苦労しそうなので遠慮します」
「まだ口説いてないのに返事しないの」
先生は笑いながら私の頭をくしゃくしゃっとして、手を離した。
8月下旬の水曜日夜。
今日は、ホールリハーサル。
本番1ヶ月前というのは異例。
早いうちにホールでの響きを確かめ、課題を明確にした上で合宿にのぞみたいという早瀬先生と三神君の要望だった。
今日はホワイエがみんなの音出しの場所になる。
開始時間前、いつものように、軽く楽器を弾いた後みんなの様子を眺めていると、男性がひとり入ってきた。
設楽先生。
三神君のヴァイオリンの先生だ。
何度かこのオケでヴァイオリン指導をしていただいたことがあるので、私も顔を知っている。
先生といっても、まだ30代半ば。
超有名音大で講師をなさっている、本来ならば雲の上のお人だ。
ともあれ、挨拶しようと、設楽先生の元へ向かう。
「今日はよろしくお願いします」
私が声をかけると、
「久しぶり。またいい女っぷりが増した感じだね。彼氏でもできた?」
いつもこんな軽口をたたくくせに、ヴァイオリン弾かせると、とんでもない。ただ、その弾いている姿はあまり見られないのだけれど。
「できませんが……失恋は人生を深くする、というのは本当だと思います」
先生は笑って私の頭に手を当てた。
この人のパーソナルスペース設定はかなり小さいらしい。
人との距離が狭いのだ。物理的にも、心理的にも。
「じゃあ、口説いてもいい?」
この人は、ことあるごとにこんな冗談を言うので、かわす術は覚えた。
「先生と付き合ったら苦労しそうなので遠慮します」
「まだ口説いてないのに返事しないの」
先生は笑いながら私の頭をくしゃくしゃっとして、手を離した。