愛と音の花束を
夕食後は、早瀬先生がいらして、いよいよ合奏。
メンコンをみっちりやることになっている。
開始前、三神君が指揮台に立った。
早瀬先生はそんな彼を後ろで見守っている。
「弾く前に、少しだけ話をさせてください。
本番まであと1か月。音楽的な肉付けをして曲を仕上げていくことになります。遅くなりましたが、僕のこの曲に対する解釈が固まりましたので、お話ししておきます」
彼の真剣な表情と口調に、みんなの雰囲気が引き締まる。
「僕は、この曲で、愛を表現したいと思っています」
……わぁ。
さらっと凄いことを言った。
「第1楽章、モルト・アパッショナート。非常に情熱的に。皆さんも経験があると思いますが、どうしようもなく惹かれるとか、好きで仕方ないとか、狂おしいほど愛しいとか、何でもいいから、感情をぶつけてほしい」
びっくりした。
三神君は今まで、みんなの前で、こんな風に自分をさらけ出す人ではなかったからだ。
「第2楽章。第1部は、愛する喜び・愛される喜び・穏やかな幸せを表現したい。とはいえ、ただ明るくてのどかなだけではなく、どこか不安もつきまといます。
続く中間部、音楽は翳りをみせます。好きなのにうまくいかないときの切なさ。波立つ心。嫉妬。すれ違い。愛は幸せなことだけではないと思いませんか? 愛しているからこそ、マイナス感情も生まれてしまう。
そして第2部。主題を再び奏でるわけですが、最初とは違って、先ほどの試練を乗り越えて愛する覚悟を決めたという力強さをもって弾きたい」
……愛する、覚悟。
ああ、そうか。この人を変えたのは、覚悟なんだ。
愛する覚悟。
そして、ソリストとして、音楽と向き合う覚悟。