愛と音の花束を
「お疲れ様」

後ろから椎名の声がした。

胸がトクンと鳴ったのを、慌てて押し殺す。

彼は土曜午後を休診にして合宿に参加していたけれど、日曜の診察日に向けて私と同じく土曜夜に帰ることになっていた。
まだ帰ってなかったんだ。

「元気ないけど、疲れた? ……よね。それはそうだ」

いつもより静かな、暗い声。

「あの演奏は聴く人によっては劇薬だ。心に響く分、心を抉られる」

私と同じことを考えていたんだ、と驚いて椎名を見る。暗くて表情はよく見えない。ただ、元気がないことはわかる。

「鈍感な人間か、彼は自分とは別と割り切るか、大人として自分を受容できているか、どれかならば、落ち込むことはないんだろうね」

椎名はそのどれでもないということか。

何と返そうか考えていると、

「ごめん、ただの愚痴」

彼は笑って自己完結させてしまった。

……帰ったら、彼女に癒してもらうんだろうか。
彼が選ぶ女性だ、うまく励ましてくれるに違いない。

胸がギリギリ痛む。
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