愛と音の花束を
彼が以前言ったことがある。

菊は苦手だと。

匂いをかいだり、花を見たりすると、2回のお葬式を思い出すから、と。

私が知る、彼の唯一の弱点。


私には他に弱点が見当たらないほど、彼は完璧人間に見える。

紳士的で、物腰が柔らかくて。
頭がよくて、気配りもできて。
ヴァイオリンが上手いけど、それを鼻にかけてなくて。


ただ、人間、そんなに完璧でいられないはずなのだ。

彼が意識してかしないでか、そう生きているのだとしたら。

少し可哀想かな、と思っている。


なお、付き合ってる彼女はいないらしい。
入団してから、オケ内の女性と付き合ったという話もきかない。
周りの人からそういう話をきかれると、『ヴァイオリンが恋人です』とか、しれっと言ってはぐらかしてる。
もしかして会社にいい人でもいるのかな、と思ったりするけど、こうして自宅にお邪魔しても、恋人がいるような痕跡はない。

いつか。
彼が弱いところを見せられる女性が現れたらいいな、と願う。
そして、あたたかい家庭を築いて、幸せになってほしい。
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