愛と音の花束を

4


練習室に戻り、楽器をケースに置き、上半身のストレッチをする。

……内心、まずいな、と思った。

今までで経験がないほどの疲労感。
腕がだるく、肩から背中がバキバキ。
たぶん緊張してて、身体に余計な力が入ってたんだ。

肩を回し、腕をさする。

大丈夫。今まで疲れて弾き通せなかったことなんかない。
でも……。
後半は1時間弱、ほぼ弾きっぱなしだ。
最後の第4楽章にはすさまじい勢いで進む細かい音符が待っている。

……弾き通せるだろうか。

どうしよう。
心の中に不安がもくもくとわいてくる。
こんな気持ちになるのは初めてだ……。


その時。

「結花ちゃん、ちょっといい?」

椎名がドアの所で私を呼んだ。

その顔を見て、不安な気持ちが少し和らぐ。

でも何だろう、と思いながら行くと。

……あ。
以前椎名と一緒に行ったマッサージ店の、店長さん。

彼が、廊下で椎名に腕を掴まれ、そっぽを向いて立っていた。
初めて会った時と同じく、長い前髪が目の部分を隠しているけれど、不機嫌さは隠されていない。

「こいつにちょっと身体ほぐしてもらって」

「そんな時間ない」

15分の休憩の間には、後半に向けたみんなのチューニングチェックとスタンバイまでしなくてはならないのだ。

「少しならあるでしょ。時間勿体無いから早く」

いつもと違って有無を言わせぬ迫力。

「だそうなのですが何分取れますか」

店長がボソボソと言う。

私はさっき腕にはめた時計を見て、答える。

「3分なら……」

椎名は店長に向かって「じゃ、そういうことで、魔法使い、頼んだ」と言い残し、練習室に入っていった。
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