愛と音の花束を


後半に向けてのチューニング。
後半でコンマスをやる三神君は、ソリスト控え室でギリギリまで休むことになっているので、チューニングは私が中心になって行う。

ヴァイオリンパート、まずはさっきセカンドトップをしてくれた樋口さん。

「お疲れ」

「ありがとうございました。樋口さんがいてくださらなかったら務まりませんでした」

「どういたしまして。永野、変わったよ、いい意味で。ひと皮むけた感じ」

……そうなのかな? まだ振り返る余裕がない。

「コンミスやらせてよかったよ」

……そこは苦笑して誤魔化した。


その後も。

「永野さんも素敵でした〜!」
「かっこよかったです〜!」
「お疲れ!」
「よかったよ」

ヴァイオリンメンバーを回る先々でテンション高く声をかけられ、戸惑った。
仕方なく、「ありがとう」「それはどうも」「お疲れ様でした」を繰り返し。


最後、椎名の番。

顔色は悪くない。雰囲気も落ち着いている。

私がA音を出すと、彼は一発で合わせてきた。
他の弦もスムーズに鳴らし、あっけなく調弦完了。

私が部屋のみんなに向かってオーケーサインを出すと、それまで控えめだった音出しが解禁された。

部屋が一気に賑やかになった中、椎名に向かって
「半年前とは見違えるね」
と言うと、彼は柔らかく笑った。

「0と1は大きく違うからね。それに、三神君の演奏に勇気をもらった感じ。励まされたというか、背中押してもらったというか」

あ。同じ。嬉しい。

思わず「わかる。私も」と大きくうなづくと、彼は嬉しそうにうなづき返してくれた。

「さっきはありがとう。あの人のおかげでだいぶ疲れがとれた」

「いえいえ。俺にできることは少ないから」

「私、弾き方変だった?」

「うーん、変ではないけど、ちょっと緊張して力入ってるのかなって。仕方ないよね。あんなソリストと弾いてたら呼吸もままならない。本番って難しいなと思った。でもすごくカッコよかったよ」

やっぱりこの男には勝てないなぁ、と思う。
それは決してネガティヴな感情ではなくて、胸がじんわり温かくなる類のもの。

「後半は俺たち後ろも頑張るからさ、結花ちゃんは後ろ頼って、呼吸しながら弾いたら、少しは疲労も違うんじゃないかな……、なんて、偉そうだな」

よく見ていてくれる。
そして、思い切ってアドバイスしてくれる。
それはとても嬉しいことだと思った。

「……ありがとう。意識してみる」





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