愛と音の花束を
「今、泣いて甘えられる奴はいるの?」

……一瞬、椎名のことが頭をよぎった。
……バカか私は。
……椎名の前では、泣けない。絶対に甘えられない。

私は首を横に振った。

すると、
頭の後ろに暁の手の平が触れて。

彼と私の間にある花束をつぶさないよう、
そっと彼の肩に顔が押し付けられた。

暁の身長は、私とほぼ同じだ。

「幸い、僕も今フリーだから、よかったら肩貸すよ。結花のことだから、たくさん我慢してきただろ? それに今日くらいしか、泣ける日ないんだから。またすぐに次の定演に向けて始動しなきゃいけないんだから、タイミング逃すと泣けなくなるぞ?」

暁は、私のことをよく分かっている。

泣ける状況を作ってくれた。

彼の手に頭を優しくなでられると、

一気に涙があふれてきた。


付き合っていた頃、暁の家でやった実験を思い出した。

コップに、溢れそうになるまで注いだ水。
水の表面がコップの縁よりわずかに盛り上がるのは、表面張力というのだと教えてくれた。
その盛り上がった水の表面を、洗剤をつけたつまようじでチョンとつつくとどうなるか。

途端に、水がコップからドバッと溢れるのだ。


私がコップで、涙は水で、
暁は洗剤だと思った。



しゃくりあげ、震える肩を、暁が、よしよし、と優しく叩いてくれる。


久々に、こんなに泣いた。


もはや、何で泣いているのかよくわからなくなるほどに。






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