愛と音の花束を


今日のオケの練習は『火の鳥』の初合わせ。

ストラヴィンスキーが作曲したバレエ組曲『火の鳥』。オーケストラ版にもいくつかバージョンが存在するのだけど、最もメジャーな1919年版。

さて。
誰をトップサイドに指名しようか。
本日サイド当番の小野寺君が体調不良のため休みなのだ。

トップ席で立って見渡すと、みんな目を逸らす。

仕方ない。
古典と違って、リズムは複雑で、拍子や調が途中で変わる。フラットやらシャープやら臨時記号いっぱい。音符を弾く以前に読むことさえ難しい。
さらにオケの中で弾くとなると、個人練習と勝手が違うから、これまた苦労する。

私もトップ練までに非っ常に‼︎苦労したから気持ちはわかる。

誰も座りたがらない。
困ったな。

ファーストの前の方に座っている暁も心配そうにしてくれてるのがわかった。

経験者または手堅く譜読みしてる人で、潔くあるいはおとなしくサイドに座ってくれそうな人……
いや、もはや私を惑わせない人なら弾けなくてもいいか……
と探していると。

椎名がススっとやってきた。

そして、にっこり笑って、

「俺、ここ座っていい?」

と、サイド席を指差したのだ。

……気を遣ってくれたんだ。

初合奏なら、弾けなくても、落ちても(どこを弾いているか分からなくなること)、それほど恥ずかしくない。

「ありがとう。よろしく」

「頑張ります」

椎名が座ると、後ろから稲森君の声がした。

「あー、その手があったか! 永野さんの隣にいれば絶対落ちない!」

それはある意味プレッシャーです、稲森氏。
もちろんトップとして落ちることは絶対許されないのだけど。

「じゃ稲森2プル」と椎名。

「うぃっす! 永野さんの後ろで頑張ります!」

「ハイハイハイ、その隣、俺!」

「あー、あたしも前行こう」

……そうして、珍しく、前から席が埋まった。


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