愛と音の花束を
「ここのダウンダウンダウン、厳しくない? ダウンアップダウンでよくない?」
とヴィオラの坂下さんがコンマスがつけたボウイングにやんわり異議を唱える。
弦みんなで同じフレーズを弾く箇所だ。

「厳しくないです。ダウンのニュアンスが欲しい箇所です」
コンマス、あっさり却下。

「ダウンのニュアンスって言っても、弾けなきゃ意味ないわよ。アップでちゃんと引っ掛けた方がよほどそれっぽい音が出ると思う。連続ダウンは前回のチャイ5でも最後まで苦労したじゃない。」
食いさがる坂下さん。

「ではまた苦労しましょう」

コンマスはこういう時、頑固だ。
自分の考えを曲げない。

「結花ちゃんはどう? レイトの人が多いセカンド、いけそう?」

坂下さん、こっちに振ってきたか。

ちなみにレイトとは、レイトスターターの略で、大人になってからヴァイオリンを始めた人のこと。
そう、椎名みたいな人のことだ。

彼らが弾けるかどうかと聞かれれば、難しい……率直に言えば無理だと思う。

だけど、挑戦することは技術向上に不可欠だし、彼らを弾ける人でカバーするのが、アマオケヴァイオリンパート全体としてのあるべき姿だと思っている。

「難しいとは思いますが、とりあえず挑戦して、本番近くになったら指揮者と相談してみたらいいんじゃないでしょうか」
と、ありきたりの妥協案を出す。

「そうねぇ……」

坂下さんはしぶしぶうなづいた。


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