愛と音の花束を
穏やかな曲は一転。

「ゆっくり行きます!」
羽生さんが叫ぶ。

さて、来たぞ、最大の問題曲『魔王カスチェイの凶悪な踊り』。

まずは4分の3拍子。
おどろおどろしい低弦の上に、金管の裏打ちのメロディ。
やがて弦も加わる。
ここまではいい。

ここから4分の2拍子、セカンドは16分音符!
はい、後ろバラけた。

また4分の3拍子。ここから混沌とした世界が加速する。
ひとつの楽器のフレーズが終わらないうちに、別の楽器がフレーズをかぶせていくのだ。
他の楽器よく聞いて、なんて悠長なことは言っていられない。“信じられるのは自分だけ”状態。
トップとしては落ちることは許されない。神経戦の緊張感マックス。

後ろがボロボロと崩れていくのがわかる。
主役のフレーズだけは合わせて!落ちてもここで復活して!と後ろに向けて大きめにザッツを出す。

胃が痛い。

でも、1人じゃない、と思えた。
隣の椎名が完璧についてきてるのだ。
迷いなく確信を持って弾いてるのがわかる。
落ちるどころか、2分の2拍子になろうが4分の6拍子になろうが、その自信は揺るがない。
後ろがバラバラに崩壊していく中で、その姿は、とてもカッコいい。
素直にそう思った。

椎名はとうとう一度も落ちることなく、激しくて複雑な『カスチェイ』を乗り越えてしまった。
ここまで来たら、後はもう難しくない。
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