愛と音の花束を
すると、椎名が運転席をぐっと後ろまで下げてから、私の身体をひょいっと持ち上げ、膝の上に座らせて、改めて正面からぎゅうっと抱き締めてきた。

ぴったりくっつくと、あまりの幸福感に目眩がした。

膝の上に座ると、身長差がなくなって、ちょうど顔が同じくらいの高さになる。
コートの襟から素肌が覗く椎名の首筋に顔を埋める。
椎名も同じ格好なのだろう。私の首筋に、吐息がかかる。

お互いの呼吸が重なる。

ドキドキして、たまらない。

しばらく、全身でその感覚を味わっていると、椎名が腕の力を緩め、首から顔を離した。

私も同じようにして、

正面から向き合う。

お互いの愛情をこめた視線が、至近距離で絡まる。

私がそっと目を伏せたとき。

「結花、あのね」

椎名の顔に視線を戻すと、彼は神妙な顔つきで私を見つめていた。

「キスする前に、謝らなきゃいけないことがある」

「なぁに?」

「ずっと隠してることがあるんだけど、もう少し、今週末のアンサンブルコンサートまで隠したままでもいい? ある人の命令により、乗らない人には明かしちゃいけないことになってて」

“ある人”って三神君だな。
何か怪しいとは思ってたけど。
こんなシーンで自己申告するとは。

「……嘘がつけない男だとは思ってたけど、ここでそういうこと、言う?」

「嫌いになる? 嫌いになるようならキスするの悪いと思って」

「……隠してるのは、嫌われるようなこと?」

「どうだろう? 引かれるかも」

「全然見当がつかないけど、…………まあ、何にせよ、怒ったり悲しんだりするかもしれないけど、嫌いにはなれない」

この人の隠し事なら、そんなに悪いことではないだろうと思う。
それに、好きになっちゃいけないと思ってたのに、想いは消えなかったのだ。簡単に嫌いにはなれない確信がある。
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