愛と音の花束を

「前の方に座ろ」

客席に入ると、環奈が前の方へとすたすた下りていく。
前後でいうと前ブロック後方、左右でいうとステージに向かって左寄りに座った。

ステージには、グランドピアノが屋根全開で佇んでいる。
そのピアノの鍵盤が右斜め前に見える位置。
ここならヴァイオリンもよく見える。

「こうやってお客さんの立場になるのもたまにはいいもんだね。演奏する時はこのワクワクに応えなきゃって気持ちになる」

環奈の言葉に、「うん」とうなづく。

最初が三神君のヴァイオリンソナタだというのはきいていた。

メンコンの時はどっぷり浸るわけにはいかなかったから、こうして客席で三神君の演奏が聴けるのは、ものすごく楽しみ。




定演の時ほどではないけれど、アンコンにしてはかなりのお客様が入った。

いよいよ開演。

ワクワクしていると、スーツ姿の三神君と那智が出てきた。

ん?

何で那智? ステージスタッフとして、ピアノの調整でもするのかな?

と思っていたら、三神君と一緒にお辞儀をしてる。

拍手の音の中、那智はジャケットの前ボタンを外しながらピアノの前に座った。

…………え?
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