愛と音の花束を
「今ので、めっちゃ勇気出た」

ああ。緊張してたんだ。
逆にそう感じた。

それはそうだ。
内輪とはいえ、舞台で、たった1人で弾くんだもの。

私は、腰に回されていない方の那智の手をとった。

あたたかくて、大きい。
指が長くて、骨張っていて。
爪は短く切り揃えられ。
手の甲には筋がくっきり。

あんな魔法を使える手。

どれだけ努力してきたんだろう。

愛おしくて、
手の甲に、そっと、唇を押し当てる。

どうか、うまくいきますように。

何とかして、プレッシャーを与えない励まし方がしたい。
私がそうしてもらったみたいに。

懸命に考えて、言葉を発する。

「ピアノのことはよくわからないけど、那智がかなりすごいレベルだ、ってことはわかった。それに、楽しそうに弾いてるの見てうれしかったし、また聴きたい」

さすがに顔は見られないので、掴んだままの那智の手を見つめながら、続ける。

「好きになった人がたまたまピアノを弾ける人だったというだけだから、たとえどんな結果になっても、好きな気持ちは変わらない。
好きすぎて引かれるかも、って心配してるの、私の方なんだから」

相手のために自分の恥ずかしさを捨てたというのは、初めてかもしれない。

ドキドキしながら反応をうかがっていると。

ふわっと、こめかみにキスをされた。

「大丈夫。絶対引かないから、思う存分好きになっていいよ」

顔を向けると、至近距離に、嬉しそうに笑う顔があった。

もう。

たまらなくなって、頬にキスを返す。

「私、今日は那智と帰るつもりで、環奈の家の車でここまで来たんだからね」

「ははっ、すごいニンジン作戦」

那智は笑って、私のまぶたにキスを落とした。






< 308 / 340 >

この作品をシェア

pagetop