愛と音の花束を
「先生、本日はありがとうございました」

那智が紳士に頭を下げた。

紳士は柔らかく微笑み、

「いいものを聴かせてもらったよ。教え子が成長したのを見るほど嬉しいことはない」

と告げた。

やっぱり、ピアノの先生なんだ。

「高校生の時では分からなかったことが、この歳になって分かるようになりました。特に、恋愛感情絡みは」

那智は真面目な口調でそう言って、後ろに立っていた私の背中に手を当てて、自分の横に立たせた。

「今日の演奏ができたのは、彼女の存在があったからです」

うわ!恥ずかしい!
と思いつつ、神妙な顔で頭を下げておく。

「僕が高校生の時に弾いたあの曲を、ひとつひとつの花は美しいけれどまとまりのない花束のようだとおっしゃった先生のお言葉が、今ではよくわかります」

紳士は嬉しそうに微笑む。

「うん。今日のバラードは、さしずめ、彼女への愛をコンセプトにまとめた情熱的かつ理知的な花束、といったところかな」

……うわぁ、恥ずかしいけれど、素敵な表現。

「実は彼女、花屋さんの店長なんです」

どんな顔をしたらよいかわからないので、また頭を下げておく。

「とっても素敵な花束を作ってくださるのよ。このオケのセカンドヴァイオリントップでもいらっしゃるの」
と早瀬先生。

そして、私の方を向いて、

「永野さん、この人は私の父です」

と言った。

……わ。世間は狭い。いや、音楽業界が狭いのか。

そういえば以前、ご両親がピアノを弾く人だ、と言っていた。
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