愛と音の花束を
まあそんなわけで。
たまには、自分の持ってる武器を使って、彼女にも惚れ直してもらうことにしよう。

「武器を持ってるならそれを使って戦うべきです」としつこく食い下がってきた三神君の忠告をありがたく生かそうではないか。


お互いが仕事を休める木曜日の昼下がり。
俺の家で、お昼ごはんを食べ終わり、片付けをした後。

「結花、ちょっとピアノ弾いてくる」

マーラー1番のスコアとにらめっこを始めた結花に声をかける。

「どうぞ」

「最後に何か弾くけど何がいい?」

結花は鉛筆を頭に当てて、少し考え、

「英雄ポロネーズ」

と言った。

「を、いいね! そういうの待ってた!」

十八番だよ!
テンション上がるな!
よし、予定変更。
久々にポロネーズ練習しよう。

「あ、第1主題だけでいいから」

「はっ⁉︎」

「まだあまり聴き込んでなくて、中間部よくわからないから、序奏と有名な第1主題だけでいい」

よくわからない、って!

20年近く、長ったらしい交響曲弾いてきてる人が、たった数分のピアノ曲の中間部を、よくわからないから聴かなくていい、というのは、面白いというか新鮮というか!

中間部の左手オクターブ連打、見せたかったのにな。反時計回りと時計回り、ビジュアル的にも面白いって喜ぶかと思ったんだけど。
またの機会にするか。

「よし、あと1時間後、練習室においで」

「ん」

しかめっ面でマーラーの複雑な世界に戻る結花を置いて、俺は練習室に向かう。

ショパンには申し訳ないけど、第1主題だけでいかに曲を組み立てるか考えながら。


どんな音の花束にしようか。
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