愛と音の花束を
「そりゃ見えないところで練習してるんじゃない? トップがみんなの前で必死にさらってたらカッコ悪いじゃん。それにオケだもん、他のパートともコミニュケーションとらないといけないんでしょ? それってトップしかできないじゃん?」

椎名の言葉をきくと、コンマスが私と目を合わせ、肩をすくめ、いたずらっぽく微笑んだ。
今度は本当に笑ってる。

「何といっても、三神君も永野さんも小さい時から膨大な時間を練習に費やしてきてるんだから、オレ達とは基礎が違うでしょ。オレ達が100回さらわなきゃ弾けないところを1回で弾けちゃうんだよ、きっと」

コンマスはそうかもしれないけど、私は無理。

「まあ、楽器っていう報われるまでに膨大な労力が必要な趣味持っちゃったんだから、潔く諦めて頑張ろうよ、ねっ!」

私は思わず椎名を振り返った。

彼は笑って、飯田さんや周りの人と話しながら楽器を片付けている。


……何だか、ぐっときた。
……目頭が熱い。


何これ。疲れてるからかな。いや別に庇ってもらったわけではないのは分かってるけど。彼が音楽に対しては真面目なのも分かってたけど。社会人の先輩として若い子をたしなめたんだろうけど。ああ、それが鮮やかだったからか。相手を不快にさせず、明るく頑張る方向にさせたからか。私には無理なことを見せつけられたからか。私にはないポジティブさがあるからか。


「どこに行きましょうか?」

コンマスの言葉に、グルグル考えていた思考から、ハッと現実世界に引き戻された。

「え?」

頭の切り替えがうまくできない。

「ちょっとここでは何ですので、どこかでお茶を飲みながらお話させていただきたいんですが」






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