愛と音の花束を
「答えは変わりません。お断りします」

「何故そこまで無理だと思うんですか?」

心の中で大きくため息をつく。
どう言ったらいいのか。

「……個人的理由です」

「僕が納得できるように説明願えますか」

動揺から立ち直ったコンマスは淡々とたたみかけてくる。
ああ、この人は敵に回したら厄介だ。

「……下手だからです」

私の言葉に、彼は瞬きを繰り返した。

「下手って……。永野さんが下手だったらほとんどの人間下手ですよ?」

「音楽的素養もありません。指揮者や団員を納得させられるコンマスの器ではないんです」

彼はしばし難しい顔で考えこんでいたけれど、
やがて、
ゆっくりと微笑みを浮かべた。

例の、目は笑ってない微笑み。

……嫌な予感。

絶対何か作戦練ってる顔だ。

この笑顔が自分に向けられる日が来ようとは。

「今日のところは保留ということにして、年末年始にご検討ください。年明けにもう一度お話しましょう」

「検討しても答えは変わりませんよ」

私の言葉を聞き流し、コンマスは微笑みを浮かべたまま、飲み物を綺麗な仕草で口に運んだ。

……この人を敵に回したら恐ろしいことは、よく知っている。

ものすごく嫌な予感。





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