愛と音の花束を

「こちらこそよろしく。ちょっと譜面見せてもらえますか」

弦楽器は、2人でひとつの譜面を見る。
ボウイングや今までの練習での注意事項が問題なく書き込んであれば、椎名の譜面を使ってあげるつもりで、軽くチェックしようと思ったのだけど。

……びっくりした。

書き込みと付箋でびっしりだったのだ。

指番号がキレイな字で書き込んであるのは、たぶん先生によるものだろう。他と筆跡が違う。

半音と全音の印、リズムがややこしいところの縦線、フレーズの頂点への盛り上げ方の矢印。
伴奏時に聴くべき楽器。
さらには付箋で、おそらく練習時のメトロノームの速さの数字と日付とチェック印。

「あ、すみません、指番号とかふってあって見づらいと思うので、永野さんの譜面使ってください」

ヴァイオリン、指示がない限り、指づかいは各自の自由。他人の指番号が書いてあると、惑わされて結構弾きにくいのだ。
でも、この人を教えている先生がどんなフィンガリングをつけたのか、興味がある。

「構いません。こちら使いましょう」

……ざっと目を通しただけでも、かなりイレギュラーなフィンガリングだった。
椎名の手が大きいことを考慮して、ポジション移動はなるべく少なく、指を伸ばして済ませる箇所がかなり多い。


『シンフォニーは長いんだから、省エネできるところはしないと。その積み重ねって結構馬鹿にできないよ』

……そんなことを言っていた人がいた。

『でも、私の指の長さじゃ無理です』

『どれどれ? 手出してみて? あ、本当だね。永野さんの手、小さいんだ』

……余計なことまで思い出した。


< 55 / 340 >

この作品をシェア

pagetop