愛と音の花束を
今日のオルガン付きの練習箇所は第二楽章。

椎名は、テンポが速いところはやっぱりまだ弾ききれてない。
ただ、はみ出さない。
リズムはきっちり入れてくる。
今はそれでいい。
指示した練習の優先順位は守っているらしく、セカンドオンリーの箇所はだいぶ弾けている。

しばらくして、妙なことに気づいた。
要所要所では顔を上げて指揮者を見る。これは当たり前。
だけど、その他にもちょくちょく視線を各弦楽器トップに向けているのだ。
……まさか暗譜してる?


そうして最重要課題の、ファースト・セカンド・ヴィオラが絡み合う部分。

–––––––隣の空気が変わった。

自信を持って、歌っている。
ちゃんと弾けてる。
その姿が、あの人に似ている–––––––

と思った途端。
記憶の底から、閉じ込めておいた思い出が溢れ出してきて、私の身体の中を暴れ回った。



大きな手で。
ヴァイオリンが上手くて。
隣で弾ける時には嬉しくてドキドキして。




–––––––カツンッ

弓が指から滑り落ちる感触と音で、我に返った。

みんなが驚いて、弾きながらこっちを見るのがわかった。

落ちた弓を慌てて拾う。

だけど動揺は周りに広がり、アンサンブルは崩れ、指揮者がたまらず演奏を止めた。
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