愛と音の花束を

で、やってきたのは、喫茶店。
名古屋発祥のチェーン店が最近この街にもできた。

私はカフェオレとトーストサンドを注文。
椎名は大サイズのコーヒーとハンバーガーの他にスイーツまで頼んでいる。

「結花ちゃんは? 奢るからデザートも頼んだら?」

「結構です」

「あ、じゃあ注文は以上で」

店員さんが去ると、椎名は「タメ口でいいよ?」と笑った。

「パートリーダーとしてお会いしていますので」

そう答えて、化粧室へ向かう。

椎名に彼女がいるのだとしたら、こうして2人で会うというのは大変申し訳ない。
あくまでも公的な立場として会っていることをアピールするため、敬語を崩すつもりはなかった。


化粧室から席に戻ろうとすると、女性客が、ちらちらと椎名を見ているのに気づいた。

彼は片手で頬杖をついて、窓の外を眺めている。

彼は目立つのだ。
大柄だというのもあるけれど、つい見てしまうようなオーラが発せられている。

私が席に戻ると、椎名が「俺も手、洗ってくる」と席を立った。
楽器を弾いた後は汗や松脂で手がベタベタする。

それにしても、相談って何だろうか。

やっぱり辞めたいとかだったら、嫌だなと思った。

基本的に去る者は追わないけど、彼の場合は一度は引き止めたい。

上手くなってきてるし。
人数は多い方がいいし。
他の人のいい刺激になってるし。
ヴァイオリンパートだけじゃなく、全体のムードメーカーになりつつあることは確かだし。

自信を失っているのだとしたら、せめてあと4ヶ月頑張って、一度本番を経験してから決めてほしいと伝えよう。

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