愛と音の花束を
それなのに、音が止んだ。

まだ合ってない。
振り返ろうと思った時、指揮者の早瀬先生が口を開いた。

「セカンドの彼、焦らなくていいから、最後までしっかり合わせて」

穏やかな声の中に、妥協しない厳しさが見えた。
さすが、耳が鋭い。

私は後ろを見る。

……椎名だ。

彼は、どうしよう、と焦った顔で、私を見た。
私はしっかり目を合わせてうなづく。

大丈夫だから落ち着きなさい。

Aは合ってた。
Eがまだ低いんだ。
AとEは他の弦に比べて“合ってる”と感じる範囲が広い。どこが正解かわからなくなることは、私にも経験がある。さっき弦を新しいものに変えたばかりだから、余計に合わせづらいんだろう。
私に絶対音感などという代物はないけれど、ある程度長く弾いてきたので、“こうすればいい”ということはわかる。
コツは、合ってると感じる範囲のギリギリ上限まで高くすること。

私は人差し指を上に向けて、もっと上、の合図をする。

大部屋に小さなヴァイオリンの音がやけに大きく響きわたる。

大丈夫。頑張って。

椎名は大きな手で小さなアジャスターを回す。
耳を澄ましている真剣な顔。

頑張って。あと少し。

2つの音の唸りが少なくなり、

もう少し……。

ジーっという感じで重なっていき、

もうちょっと……。

はい、そこ。

私が指でOKサインを作ると、彼はほっとした顔をした。

よかった……。
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