愛と音の花束を

「なかなか好青年じゃない」

リハーサル準備中の客席。
環奈と私は客席中央に陣取っている。

ステージ上では、椎名と若い男の子数人で、グランドピアノを袖から中央へとゴロゴロ運んでいる。
椎名は受付係の他に、ステージセッティング係でもあるのだ。

スーツ姿は初めて見た。
ガタイがいいから、サマになる。

「もーちょい奥!」

ステージマネージャー、略してステマネ、つまりはステージセッティングの責任者の指示が飛ぶ。

「奥ですかぁ?」
どうやって?という若者たち。

「一旦そっちに動かしてからこっちに寄せよう」
と、椎名が提案。

「せーのっ。……はいストップ、そしたらそっちから押して。せーのっ」

結構仕切るな。

「はいオッケー。椎名、なかなか上手いじゃん」

「キャスターの向きとかコツがある……ってきいたことあるんで。屋根開けますか?」

「全開で」

「了解です」

テキパキと動く姿に安心する。
こういうイベントはみんなに溶け込むチャンスだ。まあ、彼の場合、問題なく溶け込んでいるようだけど。

「チャキチャキ働いてるのは好感度高いわねぇ」

隣で環奈がつぶやく。

「いい年だからね」と私。

「いい年でもモサッとした人はいるじゃない。彼みたいに」
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