愛と音の花束を
仕方ない。
オケの中で弾くのと、こうしてたった4人で弾くのとでは、全然違う。
私も経験したことがあるから、よくわかる。

他の団体もそうだった。
いつもはもっとうまいのに、という人でも、この場ではそうでもない、という演奏になってしまったりすることはよくある。
舞台で“練習通り”の演奏をすることは難しい。
それでも舞台に立って、失敗してもいいから場数を踏んでいかないと、レベルは上がらない。
だから、入場無料で団の運営資金を削ってでも、個人の技術向上、ひいてはオケ全体としてのレベルアップにこのコンサートは欠かせない。

そんななか、コンマスだけはいつも通り。
ひたすらに美しく、完璧。
他を思いやる余裕さえある。

小さい頃から発表会やコンクールに出ていた彼は我々一般人と経験値が違う、ということを思い知らされる。


彼らのリハーサルが終わると、環奈がしみじみと言った。

「人を育てるのって大変だね」

「うん」

「そして、三神君は化け物だね」

「うん」

私は大きくうなづいた。

「椎名君?」

環奈の問いかけに、椎名を見ると、

……ぎょっとした。

泣いてる⁉︎

「三神君、すごすぎる……」

頬を拭いながら、放心している。

「っていうか、ステージスタッフ戻らなくていいの?」

「あっ、ヤバっ!」

私の言葉に椎名はバッと立ち上がり、ステージに向かって走っていった。

「面白いねぇ、椎名君」

環奈がつぶやいた。


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