愛と音の花束を
しばらくして、またお客様が途切れると、
「結花ちゃん、奥で整理してるから、混んだら呼んで」
椎名はそう言ってカウンターから離れて、衝立の奥へ引っ込んだ。

ほぼ同時に、ホワイエのスタッフがざわついた。

見ると、

……早瀬先生。
と。
細身で背が高い男性。

スタッフに会釈しながら、こちらに向かってくる。

男性が紙袋を提げているので、差し入れだろうと思った。

早瀬先生は、いつものパンツスーツと違って、ワンピースを着ている。髪もおろしている。年相応の女の子に見えて、可愛らしい。

「こんにちは」
先に頭を下げる。

「こんにちは。永野さん、こちら皆さんでどうぞ」

早瀬先生が言い、男性が紙袋を差し出してきたので、受け取る。
都内の有名洋菓子店の紙袋。
人数分って、お高いでしょうに!

「わざわざお気遣いいただき、ありがとうございます」

「ご紹介が遅れましたが、私の夫です」

–––––––夫⁉︎

早瀬先生、ご結婚されてるんだ!

細身で背が高く、眼鏡をかけて、私でもわかるほどの整った顔立ちの男性(推定年齢30代後半)が、会釈して「早瀬鷹彦と申します」と名乗ってくださった。

私もご挨拶しようとすると、それより先に、
「こちら、セカンドヴァイオリントップの永野さん」
と早瀬先生が旦那様に私を紹介してくれた。

「早瀬先生にはお世話になっております」
と頭を下げると、

「妻はこちらのオケの練習のことをいつも楽しそうに話しますので、うかがうのを楽しみにしていました」
と返された。

洗練された物腰と口調に、社会的地位の高い人だと感じた。
人の上に立ち、また、そういう人たちと付き合っているのだろう。

「ご期待に添えるかどうかわかりませんが、ごゆっくりお楽しみください」

私が言うと、彼は微笑みながら「ありがとう」とおっしゃった。

すごい。一分の隙もない完璧さ。
こんな人間もいるのだ。

「ではまた」
早瀬先生は輝くような微笑みを残し、2人仲良く客席へと向かっていった。

そうよね、彼女も20代後半。結婚していておかしくない年齢だ。
しかも指揮者というハードな職業、支えてくれるパートナーがいて、心強いだろう。

……少しだけ、うらやましい、かな。
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