カナリア
「ついでだし、家の前まで送るよ。」
文太君がそう言ってくれるので、ありがたく送ってもらうことにした。
「……。あんたさー。危機感ないよね。いや、意識してないって事なのかな。それはそれで、腹立つなー。」
「???」
「いいの?送って。」
ぐいっと、顔が近づく。
彼の香水だろうか柔軟剤だろうか、優しい香りがふわっと鼻先に届いた。この香りは、と思い出した。
マンションの暗がりに連れ込まれた事。
混乱していた所為で抵抗しなかったとは言え、強い力だった事。
鼻先にキスされた事。
「……!」
「ク、ク、フフ……カナ、顔真っ赤。」
「ちょっと、文太君!誰の所為で真っ赤になってると思ってるの!」
「ウブ~~~。」
「からかわないで!」
「アハハ。」
「おねーちゃん!!」
どこからか、子供の声がした。
「あ、隼!」
文太君は誰だと言わんばかりの表情でこちらを見る。
「あ!!こら隼、隠れないで、挨拶しなさい!」
隼は私の後ろに隠れてしまった。
「誰コレ。」
「私の弟。」
「えー、似てない。」
そりゃそうだ
隼と私は母親が違う。私は中学まで父子家庭で、祖父母のところで育った。
伯父夫婦も同居中だったので、楓とはその関係で、兄で幼馴染なんだ。
隼は隠れたまま文太君に挨拶をしない。
「ごめん、極度の人見知りで……。」
「はじめまして、おれ文太って言うんだ。お姉さんとは、友達だよ。」
「……。」
膝をついて、隼と同じ目線になって話しかけ出した。
その声のトーンは私が聞いた中でもとびきり優しいもので、正直驚いた。
私は勝手に、文太君は子供嫌いなんじゃないだろうか、というイメージを持っていただけに。
「……。」
「名前は?」
「……。」
「ごめんな、いきなり話しかけて。びっくりしたよなー。」
「ちょっと、隼!」
「カナ、あんまりプレッシャーかけねーの。あんまり、そうやって無理強いして、できない自分を意識させると時間かかるよ。」
「そうなの。うーん……難しい。」
「あんたの弟じゃねーのかよ。いくつ?」
顔を背けながら、恐る恐る指で自分の年齢を差し出す隼に文太君は嬉しそうに笑った。
「6歳かー!ありがとうー。小学生?じゃあ今、学校の帰り?遊んだ帰り?あ、違うんだ。ふふ、かわいい。」
二人のやり取りを見て、呆気にとられていた。
「文太君、子供、好きなんだ。」
「意外?」
「ごめん、意外。」
「傷つくなー。同居人、カラス以外はみんな子供好きだよ。弟君と会わせたら喜ぶんじゃないかな。
まあ、弟君、人見知りだから辞めた方がいいかもだけど。」
「セイと岡目君はなんとなく想像つく!」
「木場君も?」
「気を遣わなくていいから、楽なんじゃない?」
「なるほど。」
「すっごい大人気なくなるよ。うちにも妹がいるけど、あいつ、えげつなく接するよ。」
「わーそうなんだ!意外だー!」
「おねえちゃん……。」
隼にコートの裾を引っ張られた。家に帰りたいらしい。
「ごめんね、文太君。送ってくれて、ありがとう。」
「ううん、また学校で。バイバイ。」
―――と、人懐っこく手を振ったのは私に向けてではない。隼はビクッと飛び跳ねて更に身を隠す。
ただ、最後にひょこっと顔出して、
文太君をじっと見守った後、軽く手を振った。
が、それも一瞬で、完全に文太君には見えないように体を隠してしまった。
「もー……。」
「警戒してるだけだよ。危険がないかどうか、確認してるってことだから。じゃあね。」
文太君が帰って、隼はやっと私の後ろから出てきた。
「隼、さっきの人怖かった?」
「き、きんちょうした。」
「緊張しちゃったかー。文太君はね、口は悪いし手もはやいし神経質だけど、いい人だよ。今度会ったら、挨拶しようね。」
「うっ……こわそう……。」
----------
「フフ、あんな人見知り、久しぶりにみたな。
懐かしい。“あいつ”みたい。」
文太君がそう言ってくれるので、ありがたく送ってもらうことにした。
「……。あんたさー。危機感ないよね。いや、意識してないって事なのかな。それはそれで、腹立つなー。」
「???」
「いいの?送って。」
ぐいっと、顔が近づく。
彼の香水だろうか柔軟剤だろうか、優しい香りがふわっと鼻先に届いた。この香りは、と思い出した。
マンションの暗がりに連れ込まれた事。
混乱していた所為で抵抗しなかったとは言え、強い力だった事。
鼻先にキスされた事。
「……!」
「ク、ク、フフ……カナ、顔真っ赤。」
「ちょっと、文太君!誰の所為で真っ赤になってると思ってるの!」
「ウブ~~~。」
「からかわないで!」
「アハハ。」
「おねーちゃん!!」
どこからか、子供の声がした。
「あ、隼!」
文太君は誰だと言わんばかりの表情でこちらを見る。
「あ!!こら隼、隠れないで、挨拶しなさい!」
隼は私の後ろに隠れてしまった。
「誰コレ。」
「私の弟。」
「えー、似てない。」
そりゃそうだ
隼と私は母親が違う。私は中学まで父子家庭で、祖父母のところで育った。
伯父夫婦も同居中だったので、楓とはその関係で、兄で幼馴染なんだ。
隼は隠れたまま文太君に挨拶をしない。
「ごめん、極度の人見知りで……。」
「はじめまして、おれ文太って言うんだ。お姉さんとは、友達だよ。」
「……。」
膝をついて、隼と同じ目線になって話しかけ出した。
その声のトーンは私が聞いた中でもとびきり優しいもので、正直驚いた。
私は勝手に、文太君は子供嫌いなんじゃないだろうか、というイメージを持っていただけに。
「……。」
「名前は?」
「……。」
「ごめんな、いきなり話しかけて。びっくりしたよなー。」
「ちょっと、隼!」
「カナ、あんまりプレッシャーかけねーの。あんまり、そうやって無理強いして、できない自分を意識させると時間かかるよ。」
「そうなの。うーん……難しい。」
「あんたの弟じゃねーのかよ。いくつ?」
顔を背けながら、恐る恐る指で自分の年齢を差し出す隼に文太君は嬉しそうに笑った。
「6歳かー!ありがとうー。小学生?じゃあ今、学校の帰り?遊んだ帰り?あ、違うんだ。ふふ、かわいい。」
二人のやり取りを見て、呆気にとられていた。
「文太君、子供、好きなんだ。」
「意外?」
「ごめん、意外。」
「傷つくなー。同居人、カラス以外はみんな子供好きだよ。弟君と会わせたら喜ぶんじゃないかな。
まあ、弟君、人見知りだから辞めた方がいいかもだけど。」
「セイと岡目君はなんとなく想像つく!」
「木場君も?」
「気を遣わなくていいから、楽なんじゃない?」
「なるほど。」
「すっごい大人気なくなるよ。うちにも妹がいるけど、あいつ、えげつなく接するよ。」
「わーそうなんだ!意外だー!」
「おねえちゃん……。」
隼にコートの裾を引っ張られた。家に帰りたいらしい。
「ごめんね、文太君。送ってくれて、ありがとう。」
「ううん、また学校で。バイバイ。」
―――と、人懐っこく手を振ったのは私に向けてではない。隼はビクッと飛び跳ねて更に身を隠す。
ただ、最後にひょこっと顔出して、
文太君をじっと見守った後、軽く手を振った。
が、それも一瞬で、完全に文太君には見えないように体を隠してしまった。
「もー……。」
「警戒してるだけだよ。危険がないかどうか、確認してるってことだから。じゃあね。」
文太君が帰って、隼はやっと私の後ろから出てきた。
「隼、さっきの人怖かった?」
「き、きんちょうした。」
「緊張しちゃったかー。文太君はね、口は悪いし手もはやいし神経質だけど、いい人だよ。今度会ったら、挨拶しようね。」
「うっ……こわそう……。」
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「フフ、あんな人見知り、久しぶりにみたな。
懐かしい。“あいつ”みたい。」