カナリア
橋を渡って、20分程歩いた。ビジネス街の真ん中に彼らの家はあった。


なかなか、立派なマンションを借りている。実家は金持ちなのかもしれない。


一人暮らしにしては、広い家だった。そして、物が少なくてとても綺麗だ。



ケーキについてきたであろう保冷剤が冷凍庫に入っていたので、取り出してタオルでくるんでソファーに座っている岡目君に手渡す。


その間に岡目君は、切れた口元を乱雑にぬぐっていた。

ついてきて良かったと思う。



「他は?頭は?ぶつけたけど大丈夫?」


「頭は大丈夫。背中の方かも。」


「ちょっといい?背中。」


「うわ!やめろ!いい!痴漢!!」


「ちょっと暴れないで!

ああ……本当だ…もう赤黒くなってる……。
余りにひどくなる様なら病院に行った方がいいかも。痛い?」


「俺はあんまり。歯も折れてねーし。」


「……もしかして、慣れてる?」


「まあ初めてではねーな。」


えらく、救急箱の中身が充実していたので、もしかしたらと思って聞いてみたが。


「……。ねえ、何で岡目君が出てきたの?
いつも時間決まってるんだよね?」


「強い衝撃を感じたから。イレギュラーの場合は、すばやく行動する為に、俺が外に出るって決まってる。

俺は、《俺》を守る為に生まれてきたから。」


「そう、なんだ。……。」


「心配?」


「心配だよ。もっと方法があると思うのに、どうして、ああなっちゃうんだろう。もっと優しくできたら、こんな事にならないのに。」


「……。えーっと……文太は優しいよ。人をしかれるのって……その、優しさだと、俺は思う。

でも、文太の言い方ってきついから相手に伝わらないんだよな。多分……。」


「……。」


 黙り込むと、空気に耐えられなかった岡目君が、何なんだと言うように私を見る。


「岡目君、文太君に優しいね。」


「なっ!そ、そんな……事……っ!」


「そんな事?」


「……ある。」


「アハハ。」


顔を赤くして、ちょっと目をそらす。



「本当に痛くないの?」


「だから、俺は大丈夫。じゃあ、あとヨロシク。」


「あ、文太君に代わるの?」


「あんまりジロジロ見んな。見世物じゃねーぞ。」


ごめんごめんと言って、後ろを向こうとしたら

ふっと岡目君の表情が変わった。


「あれ、文太君だ。」


「本当にあんた凄いね。すぐ分かるんだもんな。」


すごくなんかない。だって、声すらも違う。



「って、いったーーーー……!!!」


文太君は、痛みに悶え始めた。


「あ、多分ね。岡目君が森田君を投げ飛ばしちゃって……。その時に肩、外れてたよ……。」


「は?え……投げ飛ばした?そうだ、森田は?どうなった?」


「ごめん、私は文太君達に付き添ったから、
どうなったか分からないけど……」


そういうと、文太君は立ち上がり、玄関に向かおうとする。


「……え、ちょっと、文太君どこ行くの!?」


「森田のところ……!!」


叫ぶほどひどい怪我をしているのに、文太君はマンションを駆け下りていった。


走って後を追い、文太君をマンションの下で引き止めた。


「ちょっと、文太君!落ち着いて!」


「……だ、だって……このままじゃ……」


余りに語気がはっきりしない文太君に、顔を覗き込むと顔色が悪くてはっとする。

腕を触るとかすかに震えていた。


いつもの、気丈な文太君らしくない。







「カナ!」


「あ……か、楓。」


「まじかよ。」


そうだ。今日は楓と予定があって、学校前で約束していた。

ところが中村君に呼び出されて、今に至る。


起きた事が衝撃過ぎて、すっかり忘れてしまっていた。マンションの近くにいた、という事は、あの後、飛び出した私を追ってきたのだろう。


「……っ」

「か、楓!」


楓は、文太君と一緒にいる私を見ると、踵をかえした。

引き止めても、全然止まってくれない。
どんどん離れていってしまう。



「行きなよ、早く!行ってちゃんと説明しなきゃ。

……終わるよ。」



「……文太君。ごめん。

私、今の文太君を置いていけない!」


「何、言って……。

……馬鹿じゃ、ないの……」



そう言い残して、文太君は力なく倒れた。
< 37 / 64 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop