カナリア
借りた保険証の名前を読み上げられて改めて実感する。


彼は、”文太君”ではないのだなと。


”諸星隼一”……
――それが、彼の、彼らの本名だった。

同じ顔なのに、

表情がしぐさが、声も全然違う。


特に眉間に皺をよせていつも不機嫌そうにしているのは岡目君だ。

でも嬉しいときは犬のように笑う。

この笑い方はちょっと文太君に似ているが、若干岡目君のほうがはにかんだ印象が強い。

セイは特に分かりやすく、ころころ表情が変わるし、逆に木場君は穏やかで大人しいものだ。
カラス君にいたっては表情が読み取れないほどに、無表情へと変わる。 


不思議だなと思う。

彼らの、この病気というのは。


互いの人格を”同居人”と呼んでいる。

身体を”ルームシェア”してると使う。



彼らの病名は”解離性同一障害”といった。



「はあ……倒れた時はどうしようかと思ったけど、何事もなくてよかったー。

さて、退院しよっか!」


文太君から返事はない。

大丈夫?と言っても、反応しない。

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楓には連絡がつかなかった。一応メールで沢山謝ったが。また改めて謝ろう


……ただ。この状態の文太君を放っておかなくて良かったと心底思った。

”身体的”には別段問題はないというが。



「どうして、おれを選んだんだ。」


「……文太君?」


「どうして、あの時、楓さんのところに行かなかったわけ……。」


「だって、文太君を放って置けなくて……」


そう言うと、文太君は複雑な表情をする。



「おれって……あんたの……何?」



「……友達?」






「……終わるって、言ったのに……。」



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「どうして、なんで。お前の人生じゃないか。
お前の辛い部分は、おれたちが受け持ったのに、まだ、お前は無理なのかよ!」


「文太!言い過ぎ。」

“あいつ”に怒鳴るおれを、木場がとめる。


「うるさい!黙って!!そもそも、木場やセイが甘やかすからだろ!!」


「えっ俺も悪いの!?」

突然名前を出されたセイは驚いてる。


「おい、文太。落ち着けって。」

そう言ってなだめる岡目の声は、おれには届かない。


「お前が生きる為に必死に頑張ってきたのに、
なんで、お前は、どうして!!

どうして、死にたいなんて言うんだよ!!!

……いい!!いい!!!!
知らない!お前なんか知らない!

これからは、おれ達が、
いや、おれが生きる!!

お前は一生引きこもってろよ!!



――――……隼一っ!!」
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