カナリア
「ねえ。もう、おれに関わらないで欲しい。」



病院の帰りに、一方的に告げられた。


駅の改札を通ったところで言われた為に、
追いかけようとしても扉と警告音にがっちりガードされて出遅れた。


そして結局、文太君を捕まえることができず、運悪く日曜日になる。


文太君の“担当日”ではない。


確か日曜日はカラス君が一日を使っているらしく、彼とは未だにちゃんとコンタクトが取れない私は、それこそ連絡手段が無かった。



月曜日……文太君が授業に出てるか確認して、それで会えなかったら岡目君のバイト先に行ってみよう。


文太君の大学に行くと、中村君をみかけた。聞くと、文太君と森田君は2人とも学校に来ていないらしい。


彼らが喧嘩していたのは、森田君の未成年飲酒がばれたっていう噂が原因だそうだ。


文太君がチクったって勘違いして怒鳴り込んできたってこと?思ったより、ヤバイ人なんだ……文太君もよく相手するなぁ……。


岡目君のバイト先にもいなかったので、彼らのマンションにむかう。

インターホンを押すが、誰かが出てくる気配はない。


メールも駄目、電話も駄目……。


何故、いきなり、こんな。


私は何か文太君の気に障る事をしたのだろうか。それを聞く為にも文太君にちゃんと話さなければいけない。



“おれって……あんたの……何?”




……仕方がない。今日は諦めよう。


文太君の事も心配だが、その前に、やる事があった。そちらを片付けてしまわないと。


―――楓。彼にひどい事をした。謝らなければ。



学校から反対側、一駅くらい歩いた場所に楓のバイト先があった。楓が高校に入った当初から働いているパン屋だ。


確かにパンはおいしいのだが、夕方になると女子高生達で溢れかえっている。

みんな楓が目当てなのだと、パン屋に行った際に、女子高生の会話から聞こえてきた。お陰で大盛況だ。

レジ越しで告白されている所を見た時に確信に変わり、楓の人気にびっくりした。


確かに、まあ、今風のイケメンなんだろうが、そんなにモテるのかと。近すぎて分からなかったところも有る。


私には口うるさいが、優しい人だ。

おかげで彼女もとっかえひっかえだ。


―――ただ、よく振られていた。原因は、主に私だったと思う。


彼女がいるくせに、楓はよく私の世話を焼きたがった為だ。



面倒見がいいというのは、病気だなとちょっと思っていた。




「楓……。」


バイト上がりに、よく一緒に帰っていた。

ここで待っていれば会えると知っていた。


楓とは、途中でご飯を食べたり、買い物や映画を観に行ったりもした。友達、というには近すぎて、兄、というには不思議な関係だった。



―――風が冷たい。


知らなかった。こんなに冬が近かったなんて。


容赦なく体温を奪っていく。



「この間は、ごめんなさい。せっかくの舞台、反故にしてしまって。」


「……。…俺はさ、舞台の事がショックだったんじゃない。

ずっと、カナと一緒にいたし、これからも一緒だと思った。

ただ、それは、俺の独りよがりだったんだなって。思い知らされたからだよ。」


楓は、あの日、文太君が倒れるところを見ていたらしい。

カナの選択は間違ってない、と言う。


「逃げる様に、その場から立ち去った時に少し振り返ったんだ。

そしたら、お前はさ、何のためらいもなく、
あいつの方を選んだから。」




「……。……俺、カナが好きだったんだよ。」

 楓が笑う。



「ごめんな、こんないきなり。勝手に振られて勝手に傷心気味なんだ。

少し、距離を置いてもらえると、助かる。」




ごめんと、
呟かれた切ない表情が忘れられない。


楓を兄だと思い込んで疑わなかった私は、知らない内に彼をひどく傷つけていたのだと、知った。


夕焼けが、キレイで切ない。

郷愁というのだろうか。帰路に着く小学生の後ろ姿も手伝って、そんな気持ちにさせていた。



私が生まれて直ぐに母親を亡くし、いとこである楓とは物心ついた頃から一緒に住んでいた。

私は今以上に活発なはねっかえりだった為に、男子からよくいじめられていたし、それを守るのは楓の役目だった。


楓が6年生になる頃には、色気づいた女子達による楓ファンクラブなるものが出来てて、これまた理不尽にいじめられていた。


その頃から、常に楓は私の心配をしてくれて、


そう、面倒見の良さは私の所為だったのかもしれなかった。何度、彼女より私を優先して、修羅場に巻き込まれただろう。


ちょっと口うるさい、面倒見のいい兄だと思っていた。
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