カナリア
「優秀優秀!

さすが臨床心理士を目指す人は違うね。

でもちょっと感情移入しすぎかな!」


「ただ、きっかけだっただけであって……

そういうつもりで、私は木場君達と友達になったわけじゃないです……。」



「……いっか、そういうのは。」



ティースプーンをくるくる回すと、

ふわっと最後に香りを残して
角砂糖はゆっくり溶ける。


紅茶が好きな彼は、淹れるのもこだわっていた為、喫茶店ですら紅茶を頼むとお茶を淹れたがった。


注ぐ瞬間の、香りが好きだという。


それは、私も好きだが、やりたいと言ってる人間を拒否する程ではない。


気が付けば、いつもお茶を淹れてもらっていた。



紅茶が好きなだけあって、その時の気分によって色々な茶葉をすすめてくれる。


この間、勧められて飲んだ広西紅茶は美味しかった。渋みが少なく甘味があるお茶の為、ミルクティーとしてすすめられたのが、とても良かった。


今日は、彼のいつも通りのアールグレイ、

私はエルダーフラワーのコーディアルだ。


クセの無い味、というが、

私はなんだか苦味があって苦手だというと


次はローズにしてくれると笑った。



もちろん、木場君も食べる事ができないので、もっぱらお茶ばかりだ。


偶に私が何か頼むと、複雑そうな表情で見ているのに気づいて、それ以来頼んでいない。


普段、こうやって、ゆっくりお茶を飲みながら
一緒に観た映画や舞台の話をしていた。

趣味はそれこそ合わなかったが、一緒に居て苦痛じゃない人だった。


男友達って、こんな感じなのだろうなって。




セイと、岡目君の事を思い出して。


それも、終わってしまうのかもしれない。


そう考えると、カップを持った手が
かすかに震え出したのに気づいた。


木場君はゆっくりとお茶を流し込んで、話しだした。


「やっぱり、自分の病気の事って知りたくなるじゃない。

結構、気軽にネットで調べちゃってね。学術的、医学的な事はもちろん、当人の記述、親族や友達、医者からの第三者の視点。

色んなものがあって、
色んな事例があって、
色んな答えがあったよ。

それは、カナさんも知ってると思うけど。当事者は、あんまり、そういうの触れない方がいいんだってね。混乱するからって。


ネットのQ&Aコーナーが結構引っかかるんだけど、そこで見たやつがね。

“友達が、多重人格です。
どうしたらいいでしょうか。友達としてどう助けてあげるべきですか。”

その質問のベストアンサーがね。

“人格のいいところだけ、くっつけて、一つにしていこう。”

端的にはこんな感じだった。


結構、揺らいだね。

僕の本質って結構アレだから、今でこそ、ほとんど自分でコントロールできるんだけど、

頭をトンカチで殴られる感覚っていうのかなー。」


「アレ?」


「……うん、アレ。

……もちろん、それだけじゃなかったのに、あの言葉はとてもひっかかった。

僕達だって、好きで生まれた訳じゃない。
でも、必死に生きたよ。


文太と隣で歩いた君なら特に分かるでしょ?

手探りで、沢山傷ついて、

それでも。

諦めなかった。


くっつけるだとか、くっつけないだとか!


僕達は、そんな簡単なものじゃない。


この体の持ち主はとっくに生きる事を諦めているのに、それでも、返さなければいけない?


必死に生きたのは、僕達だ。




死神。

君は死神だ。
僕に死ねと望む。
だって、文太を選んだんだから。」


「……。」


「……。

そういう事だと、知って。

カナさんが、これからそういう人達を助けたいと思って、そういう仕事に就きたいと思っているのなら。


僕は、大丈夫だよ。
納得して、この未来を彼に託すよ。」


「木場君……」


「ごめん、ちょっと脅しちゃったかな。

最初から、わかっていた事だ。
何故、僕が選ばれたのかわからなかったし。
だって、ねえ……。


ちょっとだけ、この世界が楽しくて、
還るのを渋っちゃった。



いいところだけかぁ。

くっつくかな。文太に。

フフ、多分くっつかないんだろうなあ。」
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