カナリア
夜空を見上げると、
キレイなオリオン座が見えた。
もうすっかり冬だ。
しばらくしたら雪が降るだろう。
空気の入れ替えの為に開けた窓から覗いた星空が、きれいで思わず見ていたが。
そんな中、突如、携帯がなった。
……――文太君からだ。
メールを打つのを面倒がっているので、
いつもは電話なのだが、珍しい。
そう思ってメールを開く。
「カラス、君?」
そうだ、彼とは話ができないでいた。それは文太君も同じだった。
もう居なくなってしまったのかと思っていたが、
ちょうどいい機会だ。
彼は、どうするのだろう。
どう思っているのだろう。
“明日の夜、22時。T大橋の上にて。”
我が家から3駅。
T大橋は彼らの家と大学から近かった。
今年は例年より二週間も早く、初雪が観測されるかもしれない。
そんな寒い日だった。
ビジネス街の為に、夜になると活気や喧騒は一気に息を潜める。
今はバラ園でクリスマスに向けてイルミネーションが開催されており、人はそちらに流れて、この辺り一帯は閑散としていてびっくりした。
もう、彼はすでに橋の上にいて、私を待っていた。
車も人も居ない。
星空の下で2人だけ取り残された気分になる。
「カラス君……。」
文太君と同じ顔だというのに、抜け落ちた表情は、別人なのだという事を教える。
姿勢のいい文太君と違って、
少し気だるそうな感じで立つカラス君。
色合いのキレイな変わったジャケットに身を包む。体のラインが分かってスタイルがいいのだと分かる。
同じ体なのだから、同じ服でもいいじゃないかと思ったが、
それぞれの人格のこだわりがあって、
一日に二回も三回も交代する際にはその都度、着替えているのだという。
だって気持ち悪いし趣味じゃないし
――と、文太君は返してくれた。
「ひさしぶり。」
「久しぶり……」
「おめでとう。ビックリした。結構、片付けるの早かったな。」
「片付けるって……何の事……。」
「他の人格の事。」
「……。
どうしたの。何か、用事があって私を呼び出したの?」
「用事、って程じゃない。様子を見に来た?
あれだ、お別れだ。」
「……。」
「うん、文太っていう選択は正しいんじゃないかな。なにしろメンタルが強い。安定している。
だいぶ、好き嫌いが激しいから、すぐに人とぶつかるけど。」
「カラス君は?
カラス君はどうするつもりなの?」
「……オレ?
オレは、眠るよ。」
雪が降りそうだな、って思える位、
肌を刺す木枯らしが吹いて。
思わず目を開けられなかった。
その時の彼の表情を見落としてしまった。
苦痛に顔を歪めていただろうか、
それとも悲しそうだっただろうか、
嬉しそうだっただろうか。
無表情が、彼の闇が深いのだと
思い知らされる。
カラス君が、ごそごそと首から何かを外すのが見えて、それを私へと差し出してきた。
……――ドッグタグだ。
何故コレを私にと、疑問の表情で見上げたがお構いなしだ。ネームプレートを手の中へ無理矢理納めさせた。上から痛いほど握り締めて。
若干口角が上がって、喋りだした。
「この先、文太と生きるという事は、きっと辛いだろう。がんばって。乗り越えてみせてよ。
それが、ここまで付き合ったアンタの役目だ。」
「……もちろん。逃げたりしないよ。」
「乗り切って、生きるって意味を教えて。
……文太は、色々してくれた。隼一の為に。
だから、還そうと思う。」
「還す?」
「人生、を?
彼が、これから先、よい人生を歩める事を、
オレは、祈っている。」
笑った。初めて見た。
「ありがとう、文太をよろしく。」
強めの風が駆け抜ける。
“諸星隼一”
手の隙間から覗くドッグタグを見ると、彼の本名と連なって、年齢と誕生日、血液型が彫られていた。
予感がして、
手の中にある物を急いで
コートのポケットに入れる。
――死んでしまったのだ。
キレイなオリオン座が見えた。
もうすっかり冬だ。
しばらくしたら雪が降るだろう。
空気の入れ替えの為に開けた窓から覗いた星空が、きれいで思わず見ていたが。
そんな中、突如、携帯がなった。
……――文太君からだ。
メールを打つのを面倒がっているので、
いつもは電話なのだが、珍しい。
そう思ってメールを開く。
「カラス、君?」
そうだ、彼とは話ができないでいた。それは文太君も同じだった。
もう居なくなってしまったのかと思っていたが、
ちょうどいい機会だ。
彼は、どうするのだろう。
どう思っているのだろう。
“明日の夜、22時。T大橋の上にて。”
我が家から3駅。
T大橋は彼らの家と大学から近かった。
今年は例年より二週間も早く、初雪が観測されるかもしれない。
そんな寒い日だった。
ビジネス街の為に、夜になると活気や喧騒は一気に息を潜める。
今はバラ園でクリスマスに向けてイルミネーションが開催されており、人はそちらに流れて、この辺り一帯は閑散としていてびっくりした。
もう、彼はすでに橋の上にいて、私を待っていた。
車も人も居ない。
星空の下で2人だけ取り残された気分になる。
「カラス君……。」
文太君と同じ顔だというのに、抜け落ちた表情は、別人なのだという事を教える。
姿勢のいい文太君と違って、
少し気だるそうな感じで立つカラス君。
色合いのキレイな変わったジャケットに身を包む。体のラインが分かってスタイルがいいのだと分かる。
同じ体なのだから、同じ服でもいいじゃないかと思ったが、
それぞれの人格のこだわりがあって、
一日に二回も三回も交代する際にはその都度、着替えているのだという。
だって気持ち悪いし趣味じゃないし
――と、文太君は返してくれた。
「ひさしぶり。」
「久しぶり……」
「おめでとう。ビックリした。結構、片付けるの早かったな。」
「片付けるって……何の事……。」
「他の人格の事。」
「……。
どうしたの。何か、用事があって私を呼び出したの?」
「用事、って程じゃない。様子を見に来た?
あれだ、お別れだ。」
「……。」
「うん、文太っていう選択は正しいんじゃないかな。なにしろメンタルが強い。安定している。
だいぶ、好き嫌いが激しいから、すぐに人とぶつかるけど。」
「カラス君は?
カラス君はどうするつもりなの?」
「……オレ?
オレは、眠るよ。」
雪が降りそうだな、って思える位、
肌を刺す木枯らしが吹いて。
思わず目を開けられなかった。
その時の彼の表情を見落としてしまった。
苦痛に顔を歪めていただろうか、
それとも悲しそうだっただろうか、
嬉しそうだっただろうか。
無表情が、彼の闇が深いのだと
思い知らされる。
カラス君が、ごそごそと首から何かを外すのが見えて、それを私へと差し出してきた。
……――ドッグタグだ。
何故コレを私にと、疑問の表情で見上げたがお構いなしだ。ネームプレートを手の中へ無理矢理納めさせた。上から痛いほど握り締めて。
若干口角が上がって、喋りだした。
「この先、文太と生きるという事は、きっと辛いだろう。がんばって。乗り越えてみせてよ。
それが、ここまで付き合ったアンタの役目だ。」
「……もちろん。逃げたりしないよ。」
「乗り切って、生きるって意味を教えて。
……文太は、色々してくれた。隼一の為に。
だから、還そうと思う。」
「還す?」
「人生、を?
彼が、これから先、よい人生を歩める事を、
オレは、祈っている。」
笑った。初めて見た。
「ありがとう、文太をよろしく。」
強めの風が駆け抜ける。
“諸星隼一”
手の隙間から覗くドッグタグを見ると、彼の本名と連なって、年齢と誕生日、血液型が彫られていた。
予感がして、
手の中にある物を急いで
コートのポケットに入れる。
――死んでしまったのだ。