桜の花びら、舞い降りた
逃亡


躊躇いはなかった。
部屋の外の慌ただしさが、どこか遠くの出来事のように感じるのと同時に、早くここから出なくてはと思った。

窓辺から注ぐやわらかな春の日差しが、白いレースのカーテンからこぼれる。
大きな姿見の鏡に向かうように置かれた椅子に、純白のワンピースで着飾った美由紀(みゆき)が俯き加減に座っていた。

あと数十分もしたら、この部屋に迎えがくる。
そうしたら美由紀は……。

――猶予はもうない。


「美由紀、行こう」


か細い手を取り、俺と彼女、ふたりだけが残された静かな部屋をそっと出た。


「こっちだ」


幸い、ドアの外に見知った顔はいなかった。
それでも、目立つ格好の美由紀の姿を隠すように肩を抱きながら、重厚な絨毯が敷き詰められた廊下を早足で駆け抜ける。
外へと通じる重い扉を開くと、穏やかな日差しが俺たちを射した。
彼女の手をもう一度強く握り直し、再び走り出す。

一刻も早くここから立ち去りたい。
そんな思いから、足はどんどん速まった。

――今ならまだ間に合う、引き返せ――
心の声が警告を発する。

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