桜の花びら、舞い降りた
覚醒と過去へ戻る鍵
「ただいま」
俊さんに送られて帰ると、すでに帰っていたお母さんは今夜もまた呆れた顔を浮かべていた。
きっとまた、『あの変なアトリエにでも行っていたんでしょう』とでも思っているんだろう。
「おかえり」という声にも、そんなニュアンスが含まれていた。
ふいと顔をそむけたところで、夕方、隣のおばさんが言っていたことを思い出した。
階段に足を掛けたところで立ち止まる。
「ねぇ、お母さん」
話しかけられるとは思っていなかったのか、お母さんは虚を突かれたように見えた。
目を一瞬見開いたあと、いつもの表情を慌てて浮かべた感じだった。
「なあに?」
「お父さんを忘れられないって本当?」
それとも、お隣のおばさんに言ったのは建前?
実は彼氏がいるから、別の人を紹介されても困るというだけで。
さっき以上に驚いた色がお母さんの顔に滲む。
「そんな話、どこで?」
戸惑う中にも柔らかい微笑みを浮かべながらお母さんは質問で返した。