お嬢様と執事の不器用なちょっとした話
「貴女を見てると庵を思い出すわ。」


「蔵織様をですか?」



「ええ。最初から作り笑顔が得意なんて嫌だわ。昔は庵も、私を何とかしようと必死だった。」



病気で亡くなった使用人の子供が庵だ。


恩に報いろうとしていたのか、殊更纏の世話を焼いていた。



「今では私以上に働き者で優秀よ。貴女もいずれそうなってね。応援してるわよ。」


「はい!………って、しまった!錺禰様とやっと話が出来たのに…」



振り返っても既に纏の姿はなく、捗拵はまたしても先輩達に怒られた。



仕事の捌き方が名前みたく、亀の様にチョコチョコしていて遅過ぎると。



「錺禰様、風邪をひかれますよ。」


「あら、貴女。」



夕方より小雨が降ってきたその夜。


正面玄関より少し脇に逸れた小道に纏が傘を差しながら立っていた。



「お散歩ですか?」


「ええ。私ね夜と雨が好きなの。住宅と街灯と月の明かりだけで昼の喧騒とは正反対の静寂。屋根や道路に打ちつけ騒音を掻き消す雨音。」



闇と音と水と。



「勿論昼も晴れ渡った空も、人が溢れてるのも好き。でも誰一人居ない道路を歩くのもいいわよ。年寄りみたいかしら?」
< 6 / 19 >

この作品をシェア

pagetop