嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「抱きしめていただけ……?」


その言葉にお兄ちゃんはピクリと眉を動かすと、私を自分の背中に隠す様に移動させる。
驚き過ぎて言葉すら出せなくて。
されるがままにお兄ちゃんの後ろへと体が動いていく。


「……もう金輪際、俺の妹に近付くな」


その低い声は、考えてもいなかった言葉を放ったんだ。
一瞬、何を言っているかなんて分からなかった。
その言葉の意味を把握した今も、頭の中が真っ白で。
よく分からない。
お兄ちゃんは何を言っているのだろうか。


「お兄ちゃ……」

「黙っていろと言っただろう」


別に怒鳴った訳じゃない。
寧ろ静かな声なのに。
私には嫌に大きく聞こえたんだ。
開きかけた口が虚しく閉じていく。

私は怖くて喋る事すら出来ないのにキミは違ったんだ。
真っ直ぐとお兄ちゃんを見ながら首を傾げた。


「何で貴方に言われなきゃいけないんですか?
和葉本人にならともかく、貴方に言われる筋合いはないです」


恐れ何て微塵も感じさせないキミの声。
それが嬉しかったんだ。
簡単に引く事なんて出来るのに。
正輝はそれをしなかった。


「何だと……」

「俺は、和葉と一緒にいたい。
だから近付くなって言われても無理です。
貴方の言う事を聞く義理もないし……。
例えこれが和葉の願いだったとしても、俺はそれに従うつもりはない」


最後の言葉はまるで私に向けらている様だった。
確かに私は正輝を避けていたし、目すら合せようともしなかった。
他の人ならとっくに諦めるか、怒るかなのに。
キミは変わらず私の傍にいてくれた。


「まさ……」


キミの優しさに手を伸ばしかけたけれど。


「いい加減にしろ和葉」


お兄ちゃんの低い声が私の手を無理やりと止めたんだ。
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