嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「まあまあ、落ち着けって!!」


険悪な雰囲気の中、場違いともいえる明るい声を出したのは、さっきまで驚いた顔をしていた男の人だった。

お兄ちゃんと同じくらいの年齢で、恐らく友達だろうけれど。
どことなく、正輝と似ている気がするんだ。
言うなれば、正輝を大人っぽくしたような感じ。

首を傾げていれば、男の人はにっと白い歯を出しながら私を見た。
突然の事だったが何とか目を逸らして全体的に顔を眺める。

茶色い髪も、スラッとした体形も、整った顔つきも。
やっぱり正輝を連想させた。
違う所と言えば、笑顔の中に少し大人を感じさせるものがあるくらいだ。
お兄ちゃんと並んでも引けを取らない容姿の持ち主に囲まれて、何となく居心地が悪い様な気もするけれど。
この人の笑顔は嫌いではない。
だって、少し違うけどキミの笑顔と似ているから。


「俺は一ノ瀬 光輝(いちのせ こうき)」

「一ノ瀬って……」

「ああ、正輝の兄貴」


その言葉に妙に納得をした。
だって、兄弟と言うなら似ているのも頷けるもの。
そう思っていれば、お兄ちゃんは驚いた様に目を丸めた。


「一ノ瀬の弟……?」

「ああ、この子は……?」


首を傾げる正輝のお兄さんに『あっ』と声を漏らして頭を下げる。


「あ、白石 和葉です」

「俺の妹」


掴まれている腕に僅かに力が入った。
誰にもそんな事が分かる訳がなくお兄さんは屈託のない笑みを浮かべる。


「和葉ちゃんね。
最近、正輝が楽しそうに見えるのはどうやら君のお蔭みたいだな!」

「え……」


お兄さんの言葉に思わず正輝を振り返る。
照れ臭そうな、居心地が悪そうな顔をしながらそっぽを向くキミ。
話し掛けたかったけど、タイミングが掴めずに視線をお兄さんに戻す。


「今の学校に転校をしてから正輝は少し柔らかくなった気がしてな。
それまでは感情すらない様な無表情をしていたのに。
最近はよく俺の前では笑ってくれる様になったんだ」


クラスの皆や先生の前では無表情で。
先生はともかく他の人と喋っている所なんて滅多に見なくて。
でも私の前では笑ってくれる。

だから彼は笑える訳で……。
当然、家族の前では笑っていると思った。

だけど……。
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