嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
テーブルを拭きながら僅かに荒れた息を整える。
走った訳でもないのに心臓がバクンバクンと騒ぎ立てて。
嫌な汗が背中を伝って肌に張り付いている。


「……大丈夫か?」

「お兄ちゃ……」

「また聞こえたのか?」


お兄ちゃんの言葉に力なく頷く。
小刻みに震える拳。
震える体をとめる事が出来ずにいれば、テーブルの上にあった私の手のひらに重なる大きな手。


「お兄ちゃん……」

「大丈夫だから」


お兄ちゃんの方を見る事なく私は頷いた。
いつだって、私が不安な時にはお兄ちゃんがこうやって助けてくれる。
昔から、ずっと。


「和葉、お皿持ってって」

「……はーい」


いつの間にか治まった体の震え。
お兄ちゃんがそっと手をどかすと私はキッチンへと向かって行く。

4人掛けのテーブルに並んだ美味しそうなご飯。
私の目の前にお母さん、その横がお父さん、そして隣がお兄ちゃん。
これが我が家の定位置で、小さい頃から何ひとつ変わっていない。


「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」


お母さんとお兄ちゃん、私の声が響き渡る。

でもお父さんだけは何も言わずにご飯を食べ始めた。
チラリとお母さんを盗み見れば視線が合った。
ニコリと微笑んでくれるけれど、笑っている訳ではないみたいだ。


「(いただきますくらい言いなさいよ)」


いつものお母さんからは想像も出来ないくらいの低い声が頭を支配していた。


「お、お父さ……」

「なんだ?(不味いなこの飯は、相変わらず濃い味だ)」

「お、お母さんの料理は美味しいよ!」


思わず声を上げれば3人の視線が突き刺さる。
特にお父さんは不審そうな顔をしていた。
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