嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「アンタはさ……俺の事を綺麗だった言ったよね?」

「……うん」


あの海で出逢った時から、正輝はずっと綺麗だった。
醜い感情も、裏の顔も。
キミには何もなかった。
いつも真っ直ぐで、輝いていて。
私には眩しすぎたけれど。
キミから目を逸らしたくなくて、ずっと見続けてきたんだ。
そう思っていればキミの哀しそうな声が響いた。


「でも俺は綺麗なんかじゃないよ」

「え……」

「ただの病気だから。
事故に合ってなかったら俺はアンタの嫌いな嘘つきだよ。
俺は綺麗なんかじゃない……醜いんだ……。
そんな俺がアンタの傍にいていいのか悩んだけど、でも、和葉の傍にいたいんだ」


震える声は夜空へと吸い込まれていく。
掴まれた手がいやに熱い。
キミは沢山の感情を背負ってきたんだ。
たった1人で。
でも、そんな事は考えなくたっていいのに。


「正輝は綺麗だよ」

「だから俺はっ……」

「だってさ……キミは嘘をつけないんだよね?」

「……うん」

「だったらキミが口から出す言葉も、行動も。
全部が正輝の本当の気持ちって事でしょ?」

「そう……だけど……」


訳が分からない、という様に私を見つめてくる正輝。
きっと、正輝は気が付いていないんだ。
キミがどれだけ綺麗で繊細な心の持ち主かって事を。


「事故が起きずに正輝が嘘をつけたままだったとしても。
キミの心の中には今と同じ感情が芽生えてる。
口には出さなくても、面倒臭いと思っていても、その感情に嘘はない。
正輝は何も変わらないよ。
行動には移さなくても私は醜いなんて思わない。
今と同じ……綺麗だって感じると思う」

「何言って……」

「だって正輝の心の声を醜いなんて思った事ないもん」


私が言えばキミは驚いた様に目を見開くんだ。
少し冷たい風が私たちの間をすり抜ける。
風の音と息を呑む音だけが周りに響いていた。
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