嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「んっ……!?」


キミの顔がいつの間にかドアップに変わって。
唇に柔らかい感触が与えられる。
息をするのも、瞬きをするのも忘れて。
ただ呆然と固まっていた。


「っ……ごめっ……我慢出来なくて……」

「……」


キミの声は耳に届いているのに。
反応が出来ずに震える手でそっと唇に触れた。

さっきまで確かにココに合った温もり。
今はないけれど。
体中が一気に熱くなっていった。


「なっ……なにっ……」


パニックを起こした様に目を大きく開ける。
何をしたかなんて聞かなくても分かっている。
それでも口に出したのは実感がなかったからだ。


「……キスした、俺がアンタに」

「あっ……う……うん……」


あまりにもサラッと言うもんだから。
慌てている私が馬鹿みたいだ。
でも、キミの顔も、きっと真っ赤に染まっているだろう。
辺りは暗くて見えないけれど。
キミは私から顔を背けているもん。
正輝がそうする時は、照れている時か、怒っている時かのどちらかだ。
でも今は怒る理由はない。
つまり。
私だけが意識をしている訳じゃないって事。


「……あ……謝らないから……」

「え……?」

「アンタにキスしたかった。だからした。
……だから謝らない……」


そっぽを向いたまま素っ気なく言うキミ。
だけど私の胸は熱くなっていくんだ。


「……謝らなくていい……謝って欲しくなんかない……」


今、キミに謝られたら。
私の胸は苦しくなって笑顔すら浮かべられないだろう。
キミから欲しいのは謝罪の言葉じゃない。


「……そう……」

「……正輝……キミは……」

「ん?」


首を傾げるキミ。
それを見た瞬間に開きかけた口が閉じた。

“私の事をどう思っているの?”

本当はそう聞こうとした。
だけど、聞けなかったんだ。

今は何も考えたくない。
キミとただこうして一緒に花火を見ていたい。
そう思ったから。
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