嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「じゃあ、自己紹介を」


聞き慣れた佐藤先生の声が真っ暗な視界の中で響き渡った。
少しの沈黙が教室を包み込む。
周りの皆の声は一切聞こえなくて、息を呑む音だけが教室を支配していた。


「……」


どれだけ待っても声は聞こえてこなくて。
恐る恐る目を開いた。
ゆっくりと光が目に入り、映り出したのは、たった1度だけ会った事がある男の子。
名前も知らないし何も知らないけど。
会いたいと願っていた人。


「一ノ瀬 正輝(いちのせ まさき)」


少し低い声が、黒板に書かれていた文字を読んだ。


「……それだけか?」


それ以来、黙り込む男の子に大袈裟なくらいに肩を落とす佐藤先生。
彼独特な熱血ぶりで男の子を見ていたけれど、男の子は変わらず無表情のままだった。

私が見たあの笑顔はどこにもなくて。
彼には感情がないのだろうかと思うくらいに冷たい目をしていた。


「ほら、もっとあるだろう?
趣味とか……宜しくとか……!!」


それでも懲りずに男の子に喋りかける佐藤先生。
彼はタメ息を吐くと、その冷たい目で教室を見渡した。


「趣味なんてないし、宜しくするつもりもないから」


肩が揺れるくらいに低い声。

クラスメートはヒソヒソと話をしていた。

『恐い』『感じ悪い』『意味が分からない』

中には『格好良い』と騒ぐ女子たちもいたけれど。
大半の人たちは男の子の事を不審な目で見ていた。

でも私は。
恐いなんて思わなかった。

彼の笑顔を知っているからとか、彼の優しさを知っているからとか。
そんなの関係なく。

真っ直ぐに言い放つ彼が格好良く見えたから。
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