嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「お兄ちゃん!!」


ノックもせずにいきなり入ったのはお兄ちゃんの部屋だった。
お兄ちゃんなら私の心の声の事を知っている。
だから話を聞いてもらおう。
そう思ったんだ。


「和葉?どうした?
いきなりだとビックリするだろう?」


優しい声。
優しい笑顔。

お兄ちゃんはいつもと同じで。
さっきまで聞こえていた醜い声も消えて。
静かな空間だけがココにはあった。

安心した様に私の足から力が抜ける。
ペタンとその場に座り込めば、驚いた様にお兄ちゃんは駆け寄って来てくれる。


「和葉!?どうした!?」


お兄ちゃんは私の体を包み込む様に抱きしめると優しく背中を擦ってくれる。
その温もりも、その声も。
私が大好きなモノで、ずっと守られてきたモノだった。
やっぱり私はお兄ちゃんがいないと駄目だ。
ブラコンでも何でもいい。
私にとってお兄ちゃんは大切な人だから。


「あのねっ……心の声が……」

「心の声?また嫌なモノを聞いたのか?」

「……うん……それが……」


目を合わせなくても聞こえてくる。
その事を話そうとした時だった。
頭の中に盛大な笑い声が響いてくる。
誰かの心の声で、誰かの笑い声だって事は分かる。
でも……その笑い声は……。


「お兄ちゃん……?」

「ん?どうした?」


抱きしめてくれていたお兄ちゃんの体を少し離す。
お兄ちゃんの顔を見たけれど、さっきと変わらない優しい笑顔のままだった。
気のせい……だよね。
一瞬だけ頭に思い浮かんだ事を心の奥底に閉じ込める。


「ううん、何でもない……えっと……」


話そうとしたけれど。
またもや私の口は動かなくなる。
だって、聞き慣れているはずの声が頭の中に響き渡ったから。


「(その顔、凄くイイ。苦しんで、傷ついて、もがいている時の和葉は1番可愛い)」


今度は誤魔化しようがなかった。
いくら自分の考えを否定しようとしても。
頭にはその事しか浮かんでこない。


「(誰も信じられなくて、俺だけを頼って、俺だけに縋りついて、そんなお前が可愛いのに。
……この目には……他の人間も映っているんだろう?
親友?笑わせるな。お前にはそんなモノ必要ない。和葉には俺だけで十分だ。
そうだろう和葉?今まで通り俺だけに縋れ、無様に泣き付けよ)」


だって。
頭に響くこの声は。
いつも優しく私を守ってくれていたお兄ちゃんの声だもん。
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