嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「和葉?」


沢山の声が頭の中に響き渡る中で。
ひとつの声が大きく聞こえた気がした。
実際は小声だったのに、私にとっては1番大きく感じたんだ。


「正輝……」


その人の名前をポツリと呟く。

でもキミの方を見る事はしなかった。
今、正輝を見てしまったら。
本当にもう、駄目になってしまう気がしたから。

泣く資格なんかないのに。
苦しむ資格なんかないのに。

キミを目の前にすると弱音を吐きそうになる。

それにキミだけには知られる訳にはいかない。
正輝のお兄さんの事を。
大切な人に裏切られる気持ちは身に染みて分かったから。
だから……。

こんな想いをキミにはさせたくない。
私が全部、持って、心の中で消すから。


「何でそんなに苦しそうな顔をしてるの?あの時と同じ顔をしてる。
(そんな顔をしないでよ)」


キミの声と、キミの心の声。

そのどちらも優しくて。
大差はなくて。

バラバラになった私の心を少しだけ温めてくれた。

だけど。
もうどうする事も出来なくて。

私はキミに嘘をつくんだ。


「何でもないよ、大丈夫だから」


正輝じゃなくても分かるバレバレな嘘。

キミの顔を見る事なく呟いた言葉は小さく消えていった。


「っ……!!」


声にならないキミの叫び。
私の耳にはちゃんと届いていたけれど。
聞こえないフリをしてしまったんだ。

傷ついたキミの顔を見たくなくて。
その顔を、他の誰でもない私がさせているというのに。

私にはどう足掻いたって。
キミを笑顔にさせる事なんて出来ないから。

だからせめて。
キミをこれ以上、傷つけない様に。

大嫌いな嘘をついてでも。
お兄さんの事は話さない。

私が何とかするから。

ギュッと手のひらを握りしめて前を向いた。
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