嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
もし、私がお兄さんを愛したら彼は元に戻るだろうか。
愛されたいという欲求が満たされて、幸せになれば、正輝の事を純粋に心配出来るお兄さんに戻れるのかな?
そうすれば正輝は傷つく事も無い。
大切なお兄さんを失う事も、裏切られる事も無い。
それが1番、最善な方法なのかな?

頭の中がゴチャゴチャでよく分からなくなる。

でも、こんな時でも。
キミの、正輝の顔が浮かぶんだ。


「……和葉ちゃん……俺を愛して……」


妖艶な笑みの中に哀しそうな笑みが交じり合う。
どっちが本物の感情なのかそう考えるけれどすぐに消えていった。
だって、多分だけど両方ともお兄さんの感情だと思うから。


「……」


何も答えられずにいれば、お兄さんの顔から急に笑顔が消えた。
驚く暇もなくお兄さんの顔が私の顔のすぐ近くまで迫って来ていた。
あと少しで、唇と唇が触れ合うと言う距離でお兄さんは口を開いた。


「やっぱり君も正輝を見るんだ。
正輝を必要として、正輝を愛するんだな。
……両親と同じで……」


ギリッと歯を食いしばって、顔を歪めるお兄さん。
私の腕を掴む力も自然に強くなっていく。


「っ……」


痛さで小さく悲鳴を上げればお兄さんは満足そうに微笑んだ。


「ああ、その顔……凄く好きだな。
俺のせいで君が苦しんでいると思うとゾクゾクする。
愛してくれないのなら、せめて苦しんで……?」


お兄さんは光のない目で私を見つめていた。

本当は怖いはずなのに。
悲鳴を上げて、助けを呼びたいくらいなのにそれが出来なかった。


「(誰か俺を愛して、必要として)」


お兄さんの心の叫びが頭に響いたから。
だから、何も出来ないんだ。

お兄さんを拒否する事も、受け入れる事も。
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