嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「一ノ瀬はあの窓際の1番後ろの席だ」


そう言って私の隣の席を指さしながら話を変える佐藤先生。
男の子はコクリと頷くと机の間を通ってこっちへと向かってくる。


「白石!隣なんだから色々と教えてやれよ!」

「は……」

「白石?」


私の言葉を遮る様に男の子は首を傾げた。
聞き覚えがあったのか彼は俯いていた顔をゆっくりと上げた。


「あっ」


小さく漏れる彼の声。
どうやら私の事を覚えていてくれたみたいだ。

昨日の事だから当然といえば当然だけど。
それでも彼が覚えていてくれた事が嬉しくて。
自然に頬が緩んでいくのが分かる。


「一ノ瀬 正輝って言うんだ」


教えてくれなかった名前。
次会った時に教えてくれると約束したけれど、こんな形で知るとは想像もしていなかった。

しかも、早すぎる再会だし。

ニッと口角を上げれば一ノ瀬くんは小さくタメ息を吐いた。
でもその顔はさっきまでの無表情ではなくて、少しだけ柔らかい笑みを浮かべていた。


「……やっぱりまた会えたね、和葉」

「……うん」


彼の口から出た名前。

沢山の人に呼ばれ続けてきたけれど。

でも全く違う。
一ノ瀬くんから呼ばれると胸が少しだけ温かくなる。

私だけに向けられたその笑顔は、きっと彼の本物の笑顔だろう。
偽りなんかではない。
だって。


「(本当に会えた)」


キミの心がそう教えてくれるから。
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