嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「君が拒めば……全部、正輝に話すから。
俺はアイツの味方なんかじゃない、大嫌いだってな」

「えっ……」

「君はアイツに苦しんで欲しくないんだろう?」


悪戯っ子の様な笑みで私を見下ろすお兄さんは細くて綺麗な指を私の唇に這わせる。


「だったら……俺の言う通りにした方がいいんじゃないかな?」


お兄さんは優しく目を細めて笑った。
私の取る行動は1つしかないと分かっていたからだ。
お兄さんの言う通り、正輝には苦しんで欲しくない。

正輝がお兄さんの本当の想いを知れば。
きっと彼は立ち直れなくなってしまう。

正輝を守れるなら。
その為なら何だってするつもりだ。
だけど。


「……」


お兄さんを見上げれば妖艶な笑みが降り注いでくる。
でも、その顔はさっきより、曇っている様に見えたんだ。


「……もう、いいよな?」


口先だけの確認。
私の答えを聞こうともせずお兄さんは私の頬を撫でた。
そして少し首を傾けると、私の唇を視線で捕えた。


「(正輝っ……お前なんか大嫌いだ……)」


その瞬間、噛みしめた様な、辛そうな声が頭の中を支配した。
そこからは早かった。


「やっ!!」

「っ……!?」


ドンとお兄さんを突き飛ばした。
至近距離にあった私たちの体は今は遠く離れていた。
地面へと尻餅をつくお兄さんを見ながら私は小さく呟いた。


「本当は、正輝の事が好きなんじゃないですか……?」


疑問形で聞いたけれど、私は確信をしていた。
お兄さんは正輝の事が嫌いな訳じゃない。
好きだからこそ憎しみに変わってしまったんだって。
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