嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
その時だった。
バシャバシャと水を掻き分ける音と誰かの声が聞こえたんだ。
頭の中ではなくて、すぐ後ろで。


「やめなよ」


それと同時に私の手首は掴まれていた。
そしてそのまま引っ張られる。


「え、ちょっ……!?」


誰かに掴まれるなんて、ましてや引っ張られるなんて思ってもいなかった。
なんの警戒もしていなかった私の体は、いとも簡単に海へと落ちていく。


「あっ……」


真上には驚く男の子の顔。

バシャンと激しい音を立てながら、私の体は仰向けに海へと倒れていた。
前身はずぶ濡れで冷たいのに、繋がれたままの手首だけは熱く感じた。


「……」

「……」


私も男の子も何が起きたかなんて全く分からなくて。
ただボーッとその場で佇んでいた。

何かこの展開、凄く身に覚えがあるんだけど。
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
それは目の前の男の子も同じだったみたいだ。


「……立たないの……?」


お互いに暫く動かずにいれば、その静寂は破られた。
少し低い、でも嫌じゃないその声は私の胸へとすんなりと入りこむ。


「……立つ……」


短く言葉を返せば『ん』と軽く返事をして私を起こしてくれた。
ほとんど力を入れていないのに、私の両足は地面へとついていた。

あの時と全く同じ。
でも、違う所と言えば。


「何でここにいるの?正輝……」


私とキミが面識があるって事だ。

目の前には怒りを露わにしたキミがいる。
これは本当に怒っているんだろう。
すぐに分かる様な事を呆然と考えていた。
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